どうも~
ミサミサです。
ミサミサといいつつ、普通のアラサーサラリーマンです。
この記事では本を1冊紹介します。
【幸せになる勇気】 著:岸見一郎 古賀史健
「嫌われる勇気」を読んで、著者の考え方に感銘を受けた人
周りの目線、ほかの人からの評価が気になってしまい、自分がやりたいことができない人いませんか。この本を読めば、周りを気にせず、自由に生きるための考え方が身に付きます!!
「嫌われる勇気」を読んで、日ごろの考え方が変わり、会社生活が楽になった。続編である本書を読み、アドラー心理学をもっと深く知りたくなったから。
【読了までの目安時間】3時間半
【おすすめ度】★★★★★
【要約】
生きていくうえでの問題は「対人関係の問題」に起因する。これを回避するためには
・相手と対等の立場で
・まず相手を信頼し
・他者が関心を持っていることに関心を持つ
事が大切である。
【解説】
本書は「嫌われる勇気」の続編であり、アドラー心理学に感銘を受けた青年が、再度哲人の元を訪れて討論する形式で書かれています。
「嫌われる勇気」では、原因論、承認欲求を否定することが書かれていました。
・原因論は「過去の自分にとらわれている」から
・承認欲求は「他人の人生をいきていることになる」から
です。
この教えに感銘を受けた青年がアドラーの考えを広めるために教員になりましたが、壁にぶち当たり、再度哲人の元を訪れ、アドラー心理学の矛盾点や不備点を哲人と討論します。
ミサミサが本書を読んで、特に感銘を受けた考え方を3点紹介します。
これからどうするか
本書でも、改めて原因論を否定しています。
変われない人は、単に変わることがめんどくさいだけなのです。そのため、「過去のトラウマや不幸」を理由に変わらないのです。
カウンセリングに来る多くの人は「悪いあの人」「かわいそうな自分」のことを語る人が多いそうですが、アドラー心理学ではそういった思考を否定します。
変われない理由を「悪いあの人」のせいにし、「かわいそうな私」を言い訳にしているだけなのです。
そうではなく、「与えられたものをどう使うか」「これからどうするか」を考えることで初めて前に進むことができるのです。
かつて厳しい指導をされたアスリートが、「あの時の厳しい指導が活きている」というコメントをしているのをよく見聞きしますが、これは「これからどうするか」という考え方ができているからこそ出てくるコメントです。
厳しい指導をされている間はその指導に感謝するはずはないですが、「過去を活かすためにいまからどうするか」という考えを忠実に実行した結果、こうした思考が生まれてくるのです。
教育とは相手を尊敬することである
本書では教員である青年を相手に討論しているので「教育」という表現を使っていますが、「上司から部下への指導」や「子育て」にも当てはまることができる考え方です。
我々は他者の期待を満たすために「教育、指導、子育て」をしているわけではなく、あくまで「他者の自立」が目的です。そのためには相手を対等な存在として接し、相手を尊敬することが必須になります。
他者を尊敬するとは「相手を信頼(×信用)すること」が必要になってきます。
本書では「信用」と「信頼」を明確に区別しています。
銀行からお金を借りる際に何か担保が必要なように、信じてもらうために何か条件が必要な状態を「信用」と定義しています。いわば、相手の承認が必要な状態であり、「承認欲求」という観点から否定すべき考え方です。
一方、「無条件で信じてもらうこと」を「信頼」と定義しています。
人間関係では「信用」ではなく「信頼」が必要になってきます。
では、どうやって「信頼」を勝ち取ることができるのか。
まずは自分と相手を信頼することです
自分を信頼できないとは「ありのままの自分を信じられず、絶えず不安にさらされている状態」であり、自分勝手な思考になっています。
こうした状態ではなかなか友好な人間関係は築けません。自分を信頼できない人は他者を信頼できるはずもありません。
相手のことを信頼することも必要です。人は「自分を信頼してくれる人のことしか信頼しない」からです。相手を信頼した結果、その人が自分を信頼してくれるかどうかは「課題の分離」の観点から我々が考慮する問題ではありません。
相手を信頼し、相手が信頼してくれるきっかけを作ることが大事なのです。
他者の関心に関心を寄せる
人間は、野生動物と違い、個々で生きていくことができない動物です。弱さゆえに社会を構築し、皆で成長してきました。
逆に言えば、潜在的に孤独を恐れており、共同体感覚が内蔵している生き物なのです。
内蔵されている共同体感覚を呼び起こし、他人への関心に関心を寄せることで、自己への執着や承認欲求から逃れることができ、自立につながっていくのです。
最後に
【ミサミサの経験上おもったこと】
ミサミサは「半沢直樹」というドラマが大好きなのですが、本書を読みながら半沢直樹のキャッチフレーズである、「基本は性善説だがやられたら倍返し」を連想しました。
「基本は性善説」とは、先ず相手のことを信頼するというアドラーの教えを忠実に守っています。一方で「やられたら倍返し」は課題の分離というアドラーの教えを守れていません。
ドラマのなかでは上司に嵌められているので、「課題の分離」を忠実に守っている場合ではないのですが、実社会で生きていくうえでは「課題の分離」は大切な考え方ではないかと思います。
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